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それぞれが最低限の良心を守り抜いた時、歴史が変わる──『1987、ある闘いの真実』チャン・ジュナン監督インタビュー

1987、ある闘いの真実

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1987年、軍事政権下の韓国で、国民が国を相手に闘った民主化闘争を描いた衝撃の実話『1987、ある闘いの真実』が、9月8日(土)より公開。キャストには、『哀しき獣』以来7年ぶりの共演となるキム・ユンソクとハ・ジョンウをはじめ、学生デモに立ち上がる大学生をカン・ドンウォン、警察にマークされている運動家にソル・ギョング、危険を顧みず運動家に手紙を運ぶ看守役にユ・ヘジン、『お嬢さん』で注目されたキム・テリなど、ベテランと若手の演技派俳優が集結し、一人の学生の死の真相を巡り、警察、検察、新聞記者らがそれぞれの思惑や信念の元に闘う姿をスリリングに描ききる。監督は『ファイ 悪魔に育てられた少年』で狂気の境界線にいる登場人物たちを描き出したチャン・ジュナン。映画の公開を前に、チャン・ジュナン監督にお話を伺いました。
それぞれが最低限の良心を守り抜いた時、歴史が変わる──『1987、ある闘いの真実』チャン・ジュナン監督インタビュー
──メインとも言えるたくさんの登場人物がいて、それぞれに重要な役割がありました。特にキム・ユンソクさんが演じたパク所長は、物語的には絶対的な悪だと思いますが、感情移入する背景がありました。
監督:脚本の初稿を見たとき、一番魅力的だと感じた部分です。私は一人の主人公がいるわけではなく、全員が主人公になる映画を撮りたいと思っていました。1987年は、その時代を生きていた多くの人々によって軍事政権下において大統領を直接選挙で選ぶ権利を獲得するという、奇跡的な出来事を成し遂げた年です。韓国の歴史においても、民主主義においても非常に大きな足跡を残した年なのです。それぞれが自分の立場において最低限の良心を守り抜いた時、大きな力となり、その力が歴史を変えていく。この映画で社会的動物である人間が持つ美しさを表現することが出来ると思いました。

通常の物語は、一人あるいは二人の主人公がいて、そこに感情移入させてクライマックスがあり、最終的にカタルシスを与える。しかしこの映画の場合は、一人の強い敵対者がいて、それに対して多くの主人公たちが立ち向かい、崩れてはリレーしながら話を繋いでいく。そして最終的に広場に出てきた全ての市民が主人公になるのです。ですから、パク所長のキャラクターは非常に重要でした。単線的な人物ではダメなのです。歴史があり、立体的で恐いキャラクターであればこそ、観客が最後まで惹きつけられると思っていました。そして複数の主人公が、それぞれバランス良く自分の役割を果たすことで、1987年という時空間を完成させることが出来ると思いました。そのようなシナリオを作るために多くの努力をしました。
──これだけの登場人物を2時間の中に収めるのは大変な作業だったのでは?
監督:もちろん容易なことではありません。この映画は、歴史に基づいている物語であり、功罪が共存しているなど議論の余地のあるキャラクターは、どのようにすればストーリーの中で事実を伝えられるか悩み、注意深く作業していきました。また伝えたいもう一つの重要なテーマとして、人が人を信じる過程を描きたいと思いました。女子大生のヨニは、これを伝える重要なキャラクターです。原則としてファクト(事実)は損なわずに、映画的なキャラクターとして作りました。ほかには、本来は二人だった刑務所の看守を一人に集約したり、数名の記者が努力して成し遂げたことを、ユン記者を代表にするなど、登場人物を減らしていきました。
──キャストには、豪華な俳優が揃いました。女子大生のヨニを演じたキム・テリさんと、同じく大学生役のカン・ドンウォンさんのキャスティングについて教えてください。
監督:キャスティングはいつも重要です。特に今回は、数多くの登場人物が自分たちの役割をこなしていくので、観客がストーリーを充分に楽しみながら、なおかつ緊張感をもってついていけるように気を遣いました。有名な俳優はもちろん、あまり知られていない俳優も適度に入れましたし、新人の発掘にも多くの時間を費やしました。

カン・ドンウォンは、一番最初に出演の意思を表明してくれたと思います。彼とは以前、『カメリア』というオムニバス映画の「LOVE FOR SALE」で一緒に仕事をし、その縁で年に何度か一緒にお酒を飲んで近況を話す仲です。この作品を撮ろうと決めた時期は、まだ朴槿恵(パク・クネ)政権だったので、シナリオ作業は秘密裏に行っていました。ある時、こんなプロジェクトの準備をしていると話したところ、彼が興味を示し、シナリオが完成したら見せて欲しいと言いました。私としては、政治的にセンシティブな題材なので、大スターが出演するのは難しいだろうと思っていたのですが、脚本が出来上がり、その中に格好良い大学生がいたので、彼に脚本を見せたところ、「これは絶対に作らなければならない重要な物語だ。迷惑でなければ是非やらせてほしい」と連絡がありました。当時はそんな期待が出来る状況ではなかったので、大変驚きましたし、その辛い状況の中で出演を表明してくれたことで、我々も力を得てスタートすることが出来ました。本当にありがたい後輩であり、俳優であると思います。

キム・テリについては『お嬢さん』に出演しているのを見て、新人なのに素晴らしい女優だと驚きました。ヨニは当時の人々を代弁する重要なキャラクターで、注意深く扱わなければなりません。キム・テリに会ったとき、ヨニはきっとこんな人物なのだろうと思わせてくれました。複雑な感情の表現もあり、難しい役柄でしたが上手くこなしてくれて、とても感謝しています。
──日本では、軍事政権下での庶民の生活がいまいち想像出来ません。1987年、監督自身は高校生でしたが、高校生として息苦しさを感じることはあったのでしょうか?また、この事件をどのように見ていたのですか?
監督:1987年、私自身は大学入試を控える普通の学生でした。私たちは詰め込み教育を受けた世代で、親や先生、大人たちから「勉強して大学へ行きなさい」と言われ、絶体絶命の立場にありました。私が住んでいた全州という地域も数多くのデモが行われており、そういった姿を見ながら「何故、あのお姉さんお兄さんたちは一所懸命勉強して大学に入ったのにあのように戦っているんだろう?」と気になっていました。そんな時、同じ高校生の友人から、近所の教会で不思議なビデオを見せてくれるらしいと誘われ、好奇心からそのビデオを見ました。まさに映画の中でヨニが経験するあのシーンと同じです。

そこで見たのは、映画『タクシー運転手 約束は海を越えて』でも描かれた光州の民主化運動に関するビデオで、ドイツ人の記者ユルゲン・ヒンツペーターが撮影した映像だったのです。そのビデオを観て、韓国でこんな残酷なことが起こっているのかと衝撃を受けましたが、もっともっと恐ろしいと思ったのは、このようなことが起こっているにも関わらず、大人たちは誰一人として真実を語らず知らんぷりをしていることでした。本当に戸惑い、頭が混乱するような1987年を過ごしていました。その後、大学に入り、どのような脈略からあのビデオが作られたのか知り、全斗煥(チョン・ドゥファン)政権というものがどんな政権だったのか知るところとなりました。
──奥様のムン・ソリさんは、この映画とどのように関わっていたのですか?
監督:脚色していく中で、難しかったのが唯一の女性キャラクターであるヨニです。ムン・ソリはヨニについて色んなアドバイスをしてくれましたし、最後には彼女のフィルモグラフィにはならないけれど役割を果たしてくれました。市民が広場に出るシーンは多くのエキストラが出演していますが、正直、私はあまり群衆を撮る経験がない上に、決めなければならない事が多く、とても大変な作業でした。そんな中、既に監督デビューも果たしているムン・ソリがその経験を充分に発揮して、群衆の演出を助けてくれました。

朴槿恵(パク・クネ)政権崩壊後、ブラックリストが明らかになりましたが、私たち夫婦は揃ってリストに入っていました。私自身は特にたくさんの活動をしているわけではないので、ある人からは「ムン・ソリという伴侶がいるからだよ」と言われました(笑)。しかしこの映画の作業を通して、映画人として尊敬しましたし、結婚して本当に良かったと思いました。

2018年9月7日
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『1987、ある闘いの真実』
2018年9月8日(土)シネマート新宿ほか、全国順次ロードショー
公式サイト:http://1987arutatakai-movie.com