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“ファクト”が私たちの味方だった ──映画『否定と肯定』原作者デボラ・E・リップシュタット インタビュー

否定と肯定

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レイチェル・ワイズ主演、ユダヤ人歴史学者 VS ホロコースト否定論者の法廷劇『否定と肯定』が、12月8日(金)より全国公開。本作は、2000年に欧米でセンセーショナルに報道され、議論を巻き起こし続けた、ホロコーストを巡る歴史的裁判の行方を描いた実話。“大量虐殺”を否定する歴史家デイヴィッド・アーヴィングを、自身の著書で非難し、名誉毀損で訴えられたたデボラ・E・リップシュタット教授。果たして「ホロコーストは実在した」ことは証明できるのか──。映画の公開を前に、原作者であるデボラ・E・リップシュタット氏が来日。直撃インタビューに応じてくれました。
ファクトが私たちの味方だった ──映画『否定と肯定』原作者デボラ・E・リップシュタット インタビュー
──この裁判は、デボラさんが1996年に歴史家デヴィッド・アーヴィング氏から名誉毀損で訴えられた裁判でした。万が一、この裁判に負けてしまったら、ホロコースト否定論者の言い分がまかり通ってしまう危険性もあったと思いますが、あえて受けて立った一番の理由は何でしたか?
デボラ・リップシュタット(以下、デボラ):確かにリスクはありましたし、何人かの学者から“時間のムダだ”と言われました。そもそもファクトを把握している私にとって、アーヴィングは嘘つきでしたが、それについて判事を説得できるかどうかは未知数だったのです。

しかし英国の法律によれば、もし私が裁判を受けなければ、そのままアーヴィングの勝利になってしまう。そうなれば当然、彼は「デボラ・リップシュタットに勝った」と堂々と言えることになり、ホロコースト否定論者を法で認めるという恐ろしいことになっていたでしょう。そんなリスクは冒せません。少なくともファクトが私たちの味方だということは分かっていたし、選択肢がないと感じました。人は私が戦ったことを勇気がある行動だと言ってくださるけども、戦わなければ負けてしまうんです。
──その5年間の闘いが映画になりましたが、ご覧になっていかがでしたか?
デボラ:撮影現場に何度か足を運んでいたので、断片的には見ていたけど、初めて全体をスクリーンで観た時は素晴らしいと思ったし、言葉が出なかったわ。当時感じていた孤独感や怖れが甦ってくることもあったけど、結末を知っていたので(笑)、安心して観ることができました。
──映画化にあたり、シーンの取捨選択など、脚本や演出にどのように関わったのですか?
デボラ:(映画のチームは)大学にやってきて私の講義を二日間聴講し、私の家の周辺を歩き回ってリサーチをしていたの。常に前向きで、手がかりを得るためオープンに「助けてください」と言ってくれて、提案を求められました。彼らは私の普段の言動を見て、描くべきものがわかったようなので、私のほうから積極的に「この部分を採用して」と言う必要がありませんでした。私は歴史家として、事実が正しく描かれているか、逆になっていないかをチェックしました。最終的な脚本は満足のいくものだったし、映画は見事なものでした。
──この裁判は、“訴えられた側に立証責任がある”、“弁護士が分業”というイギリスの制度に加えて、チームの戦略として、デボラさん本人もホロコーストの生き証人も証言台に立たないというのが特徴でした。自分で証言できないというもどかしさが、今回の著書や映画でもひしひしと伝わってきました。
デボラ:本当に辛いことでした。私は、自分の人生に関わることはなるべく自分でコントロールしたいタイプで、今回の来日でも、自分でフライト便を決めたくらいです(笑)。

裁判では、私が証言しないのは、私の能力の問題ではなく、私が言うべきことはそれまでの私の本の中で語り尽くされているので、証言台に立って付け加えるものはないという判断でした。

映画では、ドラマチックな展開のために私と弁護士たちとの関係を強調していますが、実際には良好でした。この裁判において最高の弁護士が集まり、それぞれ自分たちが成し遂げようとしていることに献身的だったし、私のことを信じていると分かったので、私も彼らを信頼して、黙ってプロセスを見守ろうと決心しました。結果的に正しい判断だったと思います。この裁判で勉強になったのは、歴史のことは私が詳しいけれど、法廷での闘争については彼らのほうが専門家なので、彼らの言うことに耳を傾ける。最終的に素晴らしい結果を得ることができました。
──裁判で、事実や言葉が科学的・論理的に証明されていく面白さを感じました。この裁判を通して、言葉に対する意識の変化や面白さを感じましたか?
デボラ:言葉に対する意識が変わったかは分からないけど、この裁判を通して言葉の重要さを五臓六腑で理解できたと思います。例えば、“虐殺”における言葉がいかに重要かが分かる。ヒトラーの「わが闘争」も言葉から成り、人を焚きつけるようなスピーチも言葉から。政治家も言葉を通して権力を掌握していくし、ルワンダの虐殺も扇動から始まりました。そういう意味でも、言葉の重みを感じました。ホロコーストや大量虐殺を学ぶならば、言葉の重要さは知っておかなければなりません。
──インターネットで、誰でも何でも情報が取り出せるようになりましたが、中には“フェイクニュース”も多くなりました。ニュースや歴史書を読む時に気を付けなければならないこととは?
デボラ:インターネットは素晴らしい贈りものだと思います。私も何かを書くときは、スペリングやファクトチェックするし、インターネットがなくてはリサーチも出来ないと思うほどです。検索して情報を得るのは自由ですが、若者にはその責任を教えていかなければならないと思っています。ネットで読んだものがすべて真実なわけじゃありませんから。ネットに限らず本でも、著者は誰なのか、出版社はどこなのか、その本はある程度ファクトとして受け入れられているのか、リスペクトされているのか、疑念をもってチェックすることが重要です。


2017年12月8日
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『否定と肯定』
2017年12月8日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国公開
公式サイト:http://hitei-koutei.com/