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人は「涙」と「笑い」の自浄作用で日常に戻っていく──『エミアビのはじまりとはじまり』渡辺謙作監督インタビュー

エミアビのはじまりとはじまり

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『舟を編む』で第37回日本アカデミー賞最優秀脚本賞を受賞した渡辺謙作の、8年振りとなる完全オリジナル脚本による監督作『エミアビのはじまりとはじまり』が、9月3日(土)より、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次ロードショー。本作は、人気急上昇中の若手漫才コンビ“エミアビ”の片割れの突然の事故死をきっかけに繰り広げられる、遺された者たちの希望と再生のファンタジック・ヒューマン・ストーリー。笑えない現実に直面したお笑い芸人は、いかにして立ち直っていくのか?映画の公開を前に、渡辺謙作監督にお話を伺いました。
人は「涙」と「笑い」の自浄作用で日常に戻っていく──『エミアビのはじまりとはじまり』渡辺謙作監督インタビュー
──8年ぶりのオリジナル脚本・監督作ですが、いつ頃から構想していたのですか?
監督:初稿が2011年秋頃に出来上がったので、逆算すると2010年ぐらいですね。
──テーマの着想は、身近な人の死がきっかけだったそうですね。そこからの再起は「笑い」だった?
監督:ここ何年かで身近な人が亡くなることが続いて、若い頃は誰の死にも鈍感だったんですが、最近はそれがこたえるようになってきたんです。俺も年を取ったなって実感した時に、この映画の骨格を思いつきました。

最初は特に「笑い」というわけじゃなく、そういう状況になった時、遺された人たちがどうやって日常に戻っていくのかを、自分も含めて観察していたなかで、「笑い」があったんです。人って一日一回くらいは笑っていると思うんですが、それはつまり「日常」なわけですよね。そこに近しい人の死という「非日常」な事件が起きると、日常が寸断されるんです。だけど、「死」を引きずって生きていけないから、「日常」に帰らないといけない。日常に帰るって「笑う」ことだと思ったんです。死を克服というか、日常に帰る時に「涙」と「笑い」の自浄作用が起こるんじゃないかなと思いました。そこで、「笑い」に正面から向き合うならば、それを職業にしているお笑いの人を主人公に据えたらより明確になると思って物語を作っていきました。
──監督自身はお笑いが好きで、よくチェックしていたのですか?
監督:全然(笑)。子供の頃はドリフとか見ていたけど、ひょうきん族以降は全然見てないですね。
──劇中のネタは監督自身が考えたのですよね?
監督:一発芸はものすごく難しくて、会心の出来というものじゃないんですけど(笑)。漫才に関しては、出来るだけ新しいものというか、映像でしかできない漫才をやろうという意識はありました。途中の、フランス料理店のネタは最初に固まったので、前野君も森岡君もクランクイン前から練習してくれたんですけど、冒頭のネタはギリギリまで固まらないまま撮影に入っちゃって、あまり稽古が出来ていない状態でしたね。
──冒頭のネタは、エミアビの二人のキャラを印象づけるようなものでした。モテキャラの森岡さんと、非モテキャラの前野さんのキャスティングは最初から決めていたんですか?
監督:僕は基本的に当て書きをしないんですけど、初稿を書いて何人かに見せたら、反応が今ひとつだったので、しばらく寝かせながらちょこちょこ書き直していました。そんな中で、森岡君とは面識があって、前に漫才をやっていたのを知っていたので、まず彼に決めて、森岡君の事務所に行った時に、同じ事務所の前野君とコンビを組ませたら面白いんじゃないかって話になって、コンビが成立しました。

ちょうど漫才ネタに苦心していた頃で、漫才の経験がある森岡君に相談したら、「前野君とのコンビなら、モテキャラとモテないキャラにしたらどうだろう?」みたいな事をほざきやがって(笑)。なるほど、形から入るのもいいなと思ったんです。カツラを被せられるわ、メイクされるわ、本人は考えてなかったでしょうけど(笑)。
──エミアビの先輩となる黒沢拓馬を演じた新井浩文さん。ランニング姿のコントやラストのステージは、新境地というか、なかなか見られない姿でした。
監督:メインの二人を決める前に、先輩役は新井君だと考えていました。ずいぶん前に、彼が主役で映画を一本撮ろうと思っていて、結局その企画は流れたんですけど、そのリベンジもありました。でも、新境地というよりも、ランニング姿とか含めて僕の中での彼のイメージそのまんまですよ(笑)。当て書きではないんですけど、言えば何でもやる役者だし、後から考えてみると彼も妹さんがいて、30過ぎて独身なので、黒沢に似た部分も多かったのかなと思います。新井君が忙しかったので、稽古しているところは一度も見てないんですが、しっかり漫才出来ていましたね。
──マネージャー役の黒木華さんの存在感もよかったです。
監督:マネージャー役に関しては彼女が第一候補に考えていたんですが、制作費の面でプロデューサーが及び腰になってたので(笑)、僕が直接事務所に電話して出演をお願いしました。彼女自身が大阪出身なので、お笑い好きかどうかは別として、こういう要素は持ってると思うんですよね。楽しんでやっていたと思います。
──現場はどんな雰囲気でしたか?撮影中は、役者に対しては細かく演出するのですか?
監督:人によりますね。雛子役の山地まりさんは初めての映画だったので、台詞の言い方やキャラクター付けに苦心しましたけど、新井君や黒木さんは、ひと言言うだけでキャラクターを作ってくれるので、おまかせでした。森岡君にはちょこちょこ言ってたんですけど、彼らのインタビュー記事を読んでみたら、僕に「怒鳴られた」って言ってて(笑)。怒鳴ってたかな〜?基本的に僕は穏やかに過ごしていた記憶しかないので、楽しい現場でした(笑)。
──森岡さんと前野さんは、M-1グランプリに出場しましたね。
監督:結構早い段階で「M-1に出ましょう!」と言っていて、話半分で聞いてたんですけど、本気で登録したので、応援しないわけにはいかない(笑)。ネタは僕が書いたんですけど、一回戦を通過しちゃって、今では重荷というか(笑)。
──でも自身が監督・脚本した映画から、本物のお笑い芸人が誕生する可能性もあるんですね。
監督:映画を超えて何かが生まれるのは嬉しいですね。調子よく行ったらどうなんだろう…僕は構成作家かな(笑)。
──最後に、これから映画を観る方にメッセージをお願いします。
監督:もちろん映画館で観てもらいたいです。せっかく映画館で観るなら、映画と1対1で、自分の中の感情と対峙してほしいです。僕は、いろんな評価があっても映画の本質って変わらないと思っていて、その変わらないものを観た時の感想が、本人のこと、その時の状態を表現していると思うんです。映画を観て笑うでも泣くでも怒るでもいいんですけど、1対1で対峙することによって、今の素直な自分が表出されると思うので、そういう部分も楽しんでもらえたら嬉しいです。

2016年9月1日
『エミアビのはじまりとはじまり』
2016年9月3日(土)より、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次ロードショー