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『アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男』ラース・クラウメ監督インタビュー

アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男

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戦時中に数百万ものユダヤ人を強制収容所に送り、ホロコーストの中心的役割を担ったアドルフ・アイヒマン。戦後、多くの重要戦犯が海外へ逃亡し、ナチス・ハンターによる追跡作戦が繰り広げられるなか、1960年にアルゼンチンで拘束された。映画『アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男』は、アイヒマン捕獲を実現へと導いた陰のヒーローというべきひとりのドイツ人検事長フリッツ・バウアーにスポットを当てた実録ドラマ。彼はいかにして消息不明のアイヒマンを発見し追い詰めていったのか、長らく封印されていた極秘作戦の裏側をサスペンスフルに描き、ドイツ映画賞では作品賞、監督賞、脚本賞など最多6冠に輝いた。本作のメガホンをとったラース・クラウメ監督にお話を伺いました。
『アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男』ラース・クラウメ監督インタビュー
──フリッツ・バウアーという人物は、ドイツでもこれまであまり注目されていなかったそうですね。
監督:歴史学者や政治家、ユダヤ人コミュニティなど、一部のインテリ層は知っていましたが、僕も含め多くのドイツ人には知られていませんでした。僕自身は共同脚本家のオリヴィエ・グエズの著書(「Heimkehr der Unerwünschten: Eine Geschichte der Juden in Deutschland nach 1945」)の中の一章で、フリッツ・バウアーとアウシュヴィッツ裁判について触れられていて初めて知りました。

何故、彼の功績が忘れ去られていたのか、答えは難しいです。多くのドイツ人が沈黙していた時代に、バウアーがドイツの暗い過去に言及することによってその事実と直面しなければいけない。バウアーの存在は、過去と直面したがらない人々を苛立たせたのでしょう。バウアーが1968年に亡くなった時は、“居心地の悪い質問をする人物がいなくなった”と喜ぶ傾向もあったようです。

バウアーの死後、60年代後半から70年代にかけて学生運動が盛り上がり、イスラエルの政策に反対する人々を中心に反ユダヤ主義が台頭し、テロリズムに繋がっていきました。その時代の中でバウアーに関する記憶が失われていったのかもしれません。最近になって、僕等の作品や『顔のないヒトラー』が発表され、バウアーの生涯に関する展覧会の開催、伝記も出版されるなど、少しずつ知られるようになりました。
──『顔のないヒトラー』も含め、ここ数年、ドイツだけでなくヨーロッパにおいて、ナチスやホロコーストをテーマに描く作品が多くなったと思います。戦後70年に関する映画界の傾向なのでしょうか。
監督:戦後70年にあわせて映画を作ろうと計画したわけではなく、単純にインスピレーションを感じた男の物語を映画にしたいと思っていました。もちろん、ドイツのバイオレントな歴史の中でも大きなトピックであるのは間違いありません。第一次世界大戦、ワイマール共和国時代、ナチスの台頭、第二次世界大戦、ホロコースト、東西分断、東ドイツからの脱出…。ドイツにはドラマティックな物語がたくさんありますからね。

『アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男』ラース・クラウメ監督インタビュー
──本作では、実際にアイヒマンがどんなことをしたのか、ホロコーストの時代を視覚的に見せるなど回想シーンがありませんでしたね。
監督:ハンサムな俳優にナチスのスマートな軍服を着せたり、エキストラに収容所の囚人のふりをさせたり、ホロコーストの怖ろしい映像を使うのは容易です。しかしドラマティックになりすぎたり作為的になったりすることもあり、ちょっと躊躇しました。もちろん成功している作品もあります。ドイツで1947年に製作された『Murderers Among Us(原題/直訳:我々の中の殺人者)』も重要な作品ですし、ハンガリーの作品『サウルの息子』('15)も傑作だと思います。今回僕等はそういったものを使わず、サブテキストとして描きたいと思いました。ポスターではハーケンクロイツが使われていますが、映画の中では一カ所しか出てきません。

アイヒマンについても、彼はユダヤ人を強制収容所へ移送するにあたっての責任者であり、その恐ろしさは皆が知っていることです。アウシュビッツはポーランドにある小さな村ですが、皆、アウシュビッツと聞いただけで収容所を思い浮かべるでしょう。収容所の入り口のロゴ、鉄道…そういったものが我々の記憶の中に深く刻まれているはずです。少なくともアイヒマンを描く上では、回想や記録映像も不要だと考えました。
──その一方で、冒頭ではフリッツ・バウアーの記録映像が挿入されています。「若い世代なら真実を知っても克服が可能だ。しかし彼らの親世代には難しいことだ」というセリフを、劇中でバウアーを演じたブルクハルト・クラウスナーに言わせるのではなく、本人の映像として入れたのは?
監督:実際のフリッツ・バウアーは非常にアクが強いというか、個性が強い人でした。ボディランゲージや髪型、独特のアクセントをブルクハルトにそのまま演じてもらい、バウアーの出自、身体に刻まれている痛みを、言葉ではなく全身で表現して欲しいと思っていました。しかし、観客はバウアーを見たことがない人が多いのです。もしかしたら「いったいどうした?ブルクハルト!」とか、過剰な演技と言われるかもしれないし、製作側の突飛なアイデアと思われるかもしれません。最初に「True Story」とテロップを入れてもいいですが、記録映像を見せることによって、ブルクハルトがバウアーそのものであり、実在した人物の物語であると理解できる。さらに、彼が若い人に伝えたいこと、アイヒマンを裁きたいという強い気持ちも言葉として落とし込んでくれる映像ですから、最高のイントロダクションになったと思います。

『アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男』ラース・クラウメ監督インタビュー
──劇中でバウアーが信頼をおく若手検事、カール・アンガーマンは架空の人物ですね。彼のセクシャリティな部分も物語にとって重要な要素だと思いますが、カール・アンガーマンにどんな役割を担わせようと思ったのですか?
監督:同性愛に関する部分は、最初の脚本には入っていませんでした。フランクフルトのミュージアムで開催されたバウアーの展覧会で、彼がデンマークに亡命中に男娼と関わりがあったという調書が展示されていて初めて知りました。歴史研究家によって発見された事実ですが、実際に同性愛者だったかどうかはわかりません。しかしバウアーはフランクフルトで一人暮らしをしており、若い男性の友人が多かったこと、結婚してはいるものの身の安全を図るためだったという噂もあり、生涯の中で男性に惹かれていた時期があったのは間違いないでしょう。

映画の中で同性愛という傾向として見せたかったのは、彼が完全なアウトサイダーだったからです。同性愛者であり、社会主義者であり、ユダヤ人である。当時のドイツでは好ましくない要素ばかりなのです。しかし事実ははっきりわからないので、バウアー自身を同性愛者として描くのもどうかと思いました。彼の功績や、彼が闘った政治的なバトルは、性的嗜好とは関係ないからです。そこで、アンガーマンという架空の人物を作りました。と言っても全くの架空でもなく、実際にバウアーと仕事をした若い検事で、同性愛という理由で脅迫された人物が存在しました。時系列的に、物語の時期とは合わないので、フィクションのキャラクターとして盛り込もうと判断しました。他のキャラクターも名前を変えていますが、事実に即した人物と行動をモデルにしています。

あと、同性愛というテーマを盛り込んだ理由はもう一つあり、それが刑法第175条(男性同性愛を禁止する法律)です。第三帝国から新しい民主国家になったからといって、一晩で皆が民主的な考えになるわけじゃない。いかにかつてのナチス政権の価値観や道徳がそのまま引き継がれていた時代だったのか、現代に生きる人にも分かり易く描けていると思います。


2017年1月10日
『アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男』
2017年1月7日(土)Bunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国公開
公式サイト:http://eichmann-vs-bauer.com