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映画『ぼくらの家路』エドワード・ベルガ―監督 オフィシャルインタビュー

ぼくらの家路

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ドイツ・ベルリンを舞台に、幼い兄弟が突然いなくなってしまった母親を探してベルリンの街を奔走する3日間を描いた映画『ぼくらの家路』が、9月19日(土)よりヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国公開。 “ベルリン版”母をたずねて三千里とも言える本作は、傷つきながらも少しずつ逞しくなってゆく少年の心の機微を丁寧に描き、ベルリン国際映画祭で賞賛されたほかmドイツ映画賞で作品賞銀賞を受賞した。映画の公開を前に、エドワード・ベルガー監督のオフィシャルインタビューが到着。これが俳優デビュー作となるイヴォ・ピッツカーら子役たちとの撮影について語った。
映画『ぼくらの家路』エドワード・ベルガ―監督 オフィシャルインタビュー
──この映画はどんなきっかけで作られたんですか?
監督:5年前、私は牧草地で息子とサッカーをして遊んでいました。すると、一人の少年がたまたま通りを横切って歩いていたんです。彼は手を振り、息子も「やあ、ジャック!」と手を振って返しました。それからその少年は楽しそうに歩き続けたんです。彼のスクールバッグが背中で跳ねていて・・・。それは夏の日曜日の午後のことでした。

息子が「あれはジャックだ。週末はいつもお母さんと一緒に過ごして、今、家に帰るところだよ」と説明してくれました。それがこの映画の始まりでした。未来に向かって自信に満ちて進んでいく少年の束の間のビジョン。

その頃私は、母親と離れて児童養護施設に行かざるを得ない子供たちは、恐らく本当に寂しくて疲れているのだろうと思っていました。でも、この少年は笑顔でハッピーで、本当に力強かったんです。それで私は、「彼がこんなに強くいられるのなら、自分も強くいられるはずだ。」と思いました。彼は私にとって、本物のヒーローのようでした。
──脚本について教えてください。
監督:ネル・ ミュラー=ストフェンと私で、この脚本を一緒に書いています。最初は物語の大まかな輪郭を、それから個々のシーンや会話を書いていきました。日々の仕事の合間をぬって、私達は一緒にシーンを組み立て、どちらかが別の部屋に行って、それらを入念に作り込んでいきました。そしてもう一人はそれをバラバラにし、改めて書き直していく。それは私達の物語の原点である“母親を探す少年の無条件の愛についてのシンプルで、明確な物語”を忘れないためのとても重要な作業だったんです。

どこでもあり得るシンプルで、飾り気のない場所。巨大で汚い団地とも違う。母親を非難する社会ドラマでもない。一般的で、多くの人々に語り掛けるような物語にしたかったんです。
──キャスティングについて教えてください。
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監督:この映画の主演俳優はどのショットにも出演することになると私達は確信していました。この映画は、その少年の顔が舞台となるだろうと。従って、一人で自分の肩にこの映画を背負って立てる、素晴らしい10歳の少年が必要だったんです。そして、私達は未経験の少年を望みました。映画撮影のプロセスをまだ習得していない少年。そして純粋さをもって自分の仕事に向かっていける少年が必要だったんです。

だから、ネル・ ミュラー=ストフェンと私は、毎日6カ月間ベルリン中を探し回り、何百人という子供たちに会いました。中でも、子供たちや若者を収容する慈善団体の施設やそのほかの施設を探しました。

それはまるで映画のようにやってきたのです。外では雨が降っていました。夕方6時になっても、まだジャックは見つからない。誰もそんなことは言いたくなかったけど、我々はゆっくりと絶望感に浸り始めていました。

その時、イヴォ・ピッツカーが最後に予定されていたキャスティングに飛び込んできたんです。『恋のゆくえ/ファビュラス・ベイカー・ボーイズ』(89)のミシェル・ファイファーのように。彼はずぶ濡れでした。真っ赤なフェラーリのTシャツを着て、風のように、最初の即興演技をするためにテーブルの向こう側に舞い降りたのです。突然、我々の目は覚めました。それからイヴォと4回会い、この役のニュアンスを試してみたけど、私達はこの時、我々のジャックを見つけたことに気づいていたのです。

一方で、ゲオルグ・アームズと一緒のオーディションも行いました。一緒にいてどう見えるか、二人の相性はどうなのかを見たかったのですが、すぐにうまく行きました。イヴォが本当の兄のように、ゲオルグにいたずらをしたり、彼をいじったりして、二人はすぐに兄弟のように接し始めました。
──撮影時のエピソードを教えてください。
監督:子供たちを使った撮影は、法律で一日5時間に限られていたため、我々の撮影期間は全部で48日半かかりました。セットでの作業は、5時間があっという間に過ぎるため、非常に集中したものとなりました。ごまかしのない、計画されたシークエンスという我々のアイデアのために、一日に1~2テイクしか撮れないことがしばしば起こりました。しかも、たった2~3分の長さです。

イェンス・ハーラントは撮影期間中、カメラを肩に乗せ、かがんだ姿勢で撮影しました。主演俳優の目線で撮るためです。私達は完璧なシーンが撮れるまで止めませんでした。長くて、カットなしのテイクはあとから修正できないので、20回撮り直すこともありました。

もちろん、彼らも子供なので、一つのシーンに対して10回目の演技を超えた時は、さすがに飽きてくる傾向にありました。なので、私にとっての挑戦は、テイクを重ねる毎に良い出来になるよう、彼らのモチベーションを保つことでした。でも、彼らは本当に素晴らしかった。とても集中し、熱心で意欲的でした。彼らがもう同じ演技をしたくなくなった時の最後の手段としては、次のテイクが最後になるかどうかを彼らと賭けるのです。もし私が負ければ、彼らはドーナツ一箱をもらえるというものでした。すると、私が遂に「これだ、やったぞ!」と言った瞬間、彼らはサッカーの試合でゴールを決めて勝ったかのようでした。
──ベルリン国際映画祭コンペティション部門に出品された感想は?
監督:2014年1月7日、私達のプロデューサーの、ヤン・クルーガーと会合してからちょうど1年後のことでした。自分たちの思いと気合だけでこの映画を撮影した私達小さなチームにとって、それは大きなご褒美でした。
──日本で公開されるにあたりメッセージをお願いします。
監督:子供たちは、絶対に壊れることのない、人生と将来の信念を持っています。私は、その信念が彼らに凄い力を与えてくれているのだと思います。それは、生きていく過程で、我々大人が時として失って来たものです。私たちは、彼らから学ぶことができるのです。このような年月を経て、この映画が世界中を回り、日本で公開されるなんて本当に興奮しています。映画を楽しんで下さい!

エドワード・ベルガー(監督/脚本)プロフィール

1970年、ヴォルフスブルクに生まれる。94年、ニューヨークにあるニューヨーク大学で映画監督法を学び、卒業。そののち、アメリカのインディペンデント映画製作会社グッド・マシンで初めて仕事に携わり、アン・リー監督やトッド・ヘインズ監督の映画などで経験を積んだ。97年よりベルリンに在住。監督としての初めての映画は、脚本を書いたのちに製作された『Gomez』(98)。ほかにも、TVシリーズ「KDD - Kriminaldauerdienst」の数エピソード(08)の脚本と監督を担当。12年の監督作「A GOOD SUMMER」はグリメ賞を受賞した。過去数年間は、ネル・ ミュラー=ストフェンとともに仕事をしている。本作は二人が書いた脚本に基づいて製作された。
2015年9月17日
『ぼくらの家路』
2015年9月19日(土)、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国ロードショー
公式サイト:ttp://www.bokuranoieji.com/