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1人の主人公に絞って描くことで、もっと広い、普遍的な事実を発見できる。『老人と海』ジャン・ユンカーマン監督インタビュー

老人と海 ディレクターズ・カット版

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アーネスト・ヘミングウェイの不朽の名作「老人と海」をヒントに、沖縄の与那国島で撮影された1990年製作のドキュメンタリー映画『老人と海』。サバニ(小舟)に乗ってカジキ漁をする老漁師の姿を追い、与那国島の独特な文化や、ゆったりと流れる時間をカメラに収めた本作が、ディレクターズ・カット版として再公開される。アメリカ人にとって特別な作家であるヘミングウェイの「老人と海」の世界観を、映像として映し出すべくメガホンを託されたのは、米国生まれのドキュメンタリー監督、ジャン・ユンカーマン氏。7月31日の公開を前にジャン・ユンカーマン監督にお話を伺いました。
『老人と海』ジャン・ユンカーマン監督インタビュー
──本作はアーネスト・ヘミングウェイの小説「老人と海」からヒントを得られていますね。
監督:アメリカ人は、大体が若い頃に読んでいます。「老人と海」は、話も印象的なんですけど、書き方が凄いと思いました。とても素朴な構造で、1人の老人を追った話なので、これを映画化するならば何かの形で、それに相応しい表現方法が必要と思いました。それは、ドキュメンタリーとして、"情報"ではない撮り方、ナレーションも使わず、ただ彼の生活を見守って追うという方針でした。スタッフも不安だったと思いますが、そうしないと、「老人と海」というタイトルを使う権利がないんじゃないかと思ったんです。

ドキュメンタリーを作る立場では、ナレーションで自分の感じた印象などを入れてストーリーを作りたがるんですが、私は元々ライターなのでそれを押さえるのが大変でした(笑)。
──主人公のじいちゃんをはじめ島の住民たちに、自分の描こうとする物語を理解してもらうためにどんな交渉をしたのですか?
監督:「こんなことをして欲しい」とは一切言わなかったですね。ほとんどの島の人たちはカメラの前で気取ったことをせず、照れることもなく自然体でした。島の方言も聞き取れなかったんですが(笑)、通じて欲しい話はちゃんと標準語で話してくれましたし、そうでない時は与那国の言葉を使って話していました。そういう意味では、近くから撮っているけれど、中に入り込み過ぎない、微妙な距離感が出ていて良かったと思います。
──1年目は不漁でカジキが釣れなかったようですが、長い撮影は大変だったのでは?
監督:6週間で仕上げる予定だったのですが、長い不漁というのは予定外でした。最初はハーリー祭(沖縄の祭り)から撮影して、その後カジキ漁を撮ろうとしたのですが、その年はカジキが島の近くに来ていなくて、誰も釣れていなかったんです。諦めて一度東京に引き上げて、カジキが島の近くにやってくる4月頃にまた島に行ったんですが、今度はカジキが大漁だけど、じいちゃんだけ釣れなかったんです。40回ぐらい海に出ましたね。
──そこで遂に171kgのカジキが釣れたのですね。じいちゃんは何と言ってましたか?
監督:言葉には出しませんでしたが、ホッとしていたようです。
──映画ではハーリー祭のほかに金比羅(こんぴら)祭の様子も映し出されます。監督の視点からみて、こういった日本の祭りはどのように映りますか。
『老人と海』ジャン・ユンカーマン監督インタビュー
監督:私は昔からこういった日本の文化に魅力を感じていました。キリスト教などの神とは違って自然との繋がりがある。自然を尊敬し、大事にしている証だと思います。金比羅(こんぴら)祭も、四国からきた漁師の祭りですが、どこかで島の祭りという雰囲気がありました。あちこちに祠があるんですが、小さな石が置いてあるだけの素朴なもので、そこで拝んだりするのが伝統でした。島ではこういった行事や信仰を大事にしていましたね。

実はじいちゃんは、カジキが釣れなかった間に親戚から「じいちゃん、何か"ついてる"よ」と言われたので、地元の宮司に頼んでお祓いをしてもらったそうです。するとその2日後にあのカジキが釣れたんです(笑)。残念ながらそこは撮影できませんでしたが、こういった深い信仰があるので、映画でも大事に扱おうと思いました。
──今年7月の始めに、「海の映画祭」で与那国で上映されましたね。地元の方の反応はいかがでしたか?
監督:盛り上がってましたね。「あのおばあさん、懐かしい!」とか(笑)。映画に出てくる老人たちは亡くなっているんですけど、ハーリー祭で舟先に乗っていた子供がもう大きくなり、結婚して同じくらいの年齢の子供がいたり(笑)。一番嬉しかったのは、中学生の子供たちが熱心に観ていたことですね。自分のおじいさんたちの年齢の世界を、ああいう形で観せられたのは良かったなと思いました。
──島の雰囲気は、20年経って変わってましたか?
監督:見た目では大きく変わってはいなかったですね。与那国は人が少なくて、"トロピカルアイランド"のような島ではなく、自然が厳しく、"日本の果て"というのを感じる、とても力のある風景が多い島です。その果ての部落が久部良で、8割ぐらいが自然のまま。タイムスリップしたみたいで、私としてはホッとしました。

でも、見えない部分では変わってましたね。この映画もそうですが、90年代からテレビで紹介されて、観光客やダイバーが多く訪れるようになり、旅館も増えました。若い漁師は釣り客を乗せて漁に出るとか、そういった面では変わってきていました。
──話は変わってしまいますが、監督がドキュメンタリー映画監督を志したのはどんなきっかけからですか?
監督:アメリカでは、ベトナム戦争の頃がドキュメンタリーの黄金時代で、反戦映画や社会に関わりのあるドキュメンタリーが多く作られていました。私は元々、フリーでジャーナリストをやっていたのですが、たまたま雑誌で書いた記事が種火になり、TVのドキュメンタリーを作ることがあったんです。それに関わり、映像作品がどのように出来るかを見て感じたのは、観客層が大きいことと、影響力があることでした。

あと、フリージャーナリストはひとりぼっちで孤独な生活なんです(笑)。映画は共同で作りますから、皆の役割が大きくなります。私は、映画は監督主義ではなくて共同で作るものと思っています。特にこの映画はナレーションも使っていないので、監督の存在が目で見えない分、他のスタッフの負担が大きくなるんです。カメラも、音や音楽、編集もそうです。皆の力を借りて一つのものにまとめるというのが監督の役割なんだと思いました。
──監督のこれまでの作品(『チョムスキー9.11』『映画 日本国憲法』等)に比べると、本作は少し異質のような気もしました。
監督:私は色んな事に興味を持って撮っていますから(笑)。この映画の後もアメリカに帰って、ミシシッピー沿いを旅しながら、アメリカの音楽についての映画(「The Mississippi: River of Song」)を撮りました。どの作品でも言えるのは、普通の人たちの人生の中のドラマや絆、コミュニティはどういう意味を持つのかを描いています。そういう事を描くことが出来るのがドキュメンタリーであって、『老人と海』には、普遍的で深い意味を持つメッセージがあります。それは、人間が地球の中心ではなく、自然が中心にあり、人間がその中にいる。それを深いところで認識して理解出来なければ、人間は絶滅してしまうかもしれない。この映画はそんなことを考えるひとつの材料になるんじゃないかと思っています。とても小さな島で、1人の主人公に絞って描くことで、もっと広い、普遍的な事実を発見できる。それがヘミングウェイの「老人と海」の魅力でもありますから。
──本作を撮影する際に、参考にした映画などはありますか。
監督:いろいろありますね。この映画を作る前にはアラン島のドキュメンタリー『アラン』('34 ロバート・フラハティ監督)や、新藤兼人監督の『裸の島』を観て、映画のテーマを参考にしました。
──最後に、再上映にあたってのメッセージをお願いします。
監督:この作品は20年前の作品ですが、時間が経っても古くなってないのは嬉しいことでした。でも世の中は変わってきているので、新しい視点で観てもらえると思います。若い人たちにも観るチャンスが与えられ、この作品を観て色んなことを考えてくれるならば嬉しいと思っています。
2010年7月29日
『老人と海 ディレクターズ・カット版』
2010年7月31日(土)より銀座シネパトス、 テアトル新宿、キネカ大森、他にてロードショー!
公式サイト:http://www.rojintoumi.asia/