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『牛の鈴音』イ・チュンニョル監督インタビュー 〜カメラを遠くに置き、人と人の間にある情緒を映し出したかった

牛の鈴音

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2009年1月、韓国でアート作品専門の映画館で上映され、またたく間に全国150館に拡大、累計300万人の動員を記録した『牛の鈴音』。登場人物は、腰の曲がった老夫婦と一頭の老いぼれ牛のみ。ナレーションもなければ、大きな事件もおこらない、政治的なメッセージもない、それでも口コミで広がり、「牛の鈴症候群」と呼ばれる社会現象を巻き起こしたドキュメンタリー映画『牛の鈴音』とは…? 12月19日の日本公開を前に、イ・チュンニョル監督が来日、独占インタビューに答えてくれました。
画像:『牛の鈴音』イ・チュンニョル監督インタビュー

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──1997年のアジア通貨危機をきっかけにこの映画を製作されたそうですね。
監督:そうです。当時、私はプロデューサーの仕事をしており、主に時事的な題材を取り上げていたんですが、あの経済危機で一番打撃を受けた、家庭の家長である父親たちの姿を撮ろうと思っていました。ですが、経済危機に追われている父親たちの姿を直接描くのではなく、子供のために一生懸命働き、家族を養っていた頃の、英雄である父親の姿を描きたかったんです。

まず、個人的に自分の父親に目を向けました。父は自分を犠牲にして家族のために働き、子供を学校に送り育ててきました。私は映像の仕事をしているとはいえ、まだ作品が有名になるわけでもなく、結婚もしていなかったので、常に父の献身と犠牲に対して報いてあげられていないという罪の意識を持っていました。そして、私の幼い頃の記憶の中にある父のことを考えると、同時に思い浮かぶのが、“鈴音”を鳴らしながら黙々と働く仕事牛(日本で言う役牛)の姿でした。その“牛の鈴音”が喚起するイメージを現実のもとに呼び起こし、困難な状況で弱っている父親に対して、偉大であった時の父と牛の姿をみせ、尊敬と慰め、希望を与えたいと思ったのです。

最初は、自分の父親を主人公に撮ろうと思ったんですが、韓国ではオリンピック以降、農業の機械化が進み、その時に父は農業のやり方を変え、牛を売って豚を飼い始めたんです(笑)。牛が豚に変わってしまったので、“父と牛”という切り離せない2つの存在を撮るのが難しくなってしまいました。この2つの存在を求めて4~5年探したんですが、ようやく慶尚北道(キョンサンプクド)の奉化(ポンファ)という農村の家族に出会うことができました。実際ポンファで出会ったチェさん一家は、自分の父、母、牛を彷彿させるものでした。私だけに限らず、韓国のすべての父親、母親像、牛を代表できるものだと感じたのです。
──無口な頑固爺さんと出演交渉や撮影中の交渉は大変だったのでは?
監督:ドキュメンタリーはありのままに記録するので、シナリオもなし、彼らは俳優ではないので、とても困難でした。チェ爺さんは、ムービーカメラという存在を理解できないので、カメラを向けると写真を撮るようなポーズで動かなくなってしまうんです(笑)。そして、撮影が始まると、撮り終わったものだと思って去ってしまう。追いかけると「うるさい!」と言って杖を持ってくる始末…。耳も遠いので、インタビューも難しいんです(笑)。一方でお婆さんは、自分は綺麗だし、口もうまいし、歌もうまい、と思っていて、カメラを向けると化粧をしてきたり、服を着替えてきたりといった具合で、どうしても自然にならないんです。従来のドキュメンタリーの常套手段である、密着して入り込んでインタビューする、という方法では撮れないことが解りました。

チェ爺さんもお婆さんも牛もみなスローなので、彼らの歩調で考えカメラに収めようと思い、一家を数日間観察して、彼らの導線やパターンなどの法則を研究したんです。さらに、絵を撮るよりも音を重視することによって、目に見える真実だけではなく、人と人の間にある情緒、感情、価値というものを映し出し、叙情的なものであるように考えました。そこで、お婆さんにマイクをつけてもらい、カメラを遠くに引いて撮影し始めると、自然な生活が現れてきました。そして、お爺さんと牛、牛とお婆さん、若い牛と老いた牛、その関係性に注目すると、巧まずして、お爺さんを中心にした三角関係のメロドラマのような面白いストーリーが浮かんできたのです。この映画は、劇映画のようなドキュメンタリーと言われるんですが、そういうストーリーテリングの要素もその形成の中で生まれてきました。
──韓国では大ヒットしていますが、これから日本でご覧になる方へメッセージをお願いします。
監督:韓国では、奇跡とかシンドロームと言われましたが、作品が素晴らしいというよりも、運がよかったのだと思います。というのは、今、韓国の社会全体が疲れていて、こういう映画が求められており、疲れている人々に対して、慰めやノスタルジーを与えることができたのだと思っています。
それは日本でもアメリカでも同じだと思うので、古い農村の記憶、そして父親、母親の記憶を持っているどんな社会においても、心の慰めを与えられる映画だと思っています。
公開直前の来日で一発目のインタビューだったこともあり、かなりテンション高めだった監督。あっという間にインタビュー時間が過ぎ、「私だけ喋ってごめんなさい」と気遣ってくれたうえ、写真撮影中も質問に応じてくれた優しい監督でした。

密着せずに遠くから自然体で捉えた、老夫婦と老牛のないものだらけの素朴な生活。「休むのは死んでから」と、老体に鞭打ち、ともに畑に向かうチェ爺さんと老いぼれ牛の、ヨロヨロした足並みが揃っているのも微笑ましい。大きな出来事は何も起こらなくても、美しい田舎の四季とともに、そこに聞こえてくる風の音や虫の声、牛の鳴き声、そして、生きている証のように鳴り響く鈴音が琴線に触れ、切ないながらも温かな気持ちになれる感動作。この素朴な物語に心動かされたことを、思わず誰かに伝えたくなり、韓国で口コミで広がっていったのも頷ける。ドキュメンタリー映画が苦手な方にもオススメな一本です。
2009年12月16日
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『牛の鈴音』
2009年12月19日(土)シネマライズ、銀座シネパトス、新宿バルト9ほか全国ロードショー
公式サイト:http://www.cine.co.jp/ushinosuzuoto/