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“絶対に忘れてはいけないことを映画に刻む” 佐藤浩市&渡辺謙『Fukushima 50』クランクアップ記者会見

Fukushima 50

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2011年の東日本大震災に伴う福島第一原発事故を描いた映画『Fukushima 50』のクランクアップ記者会見が行われ、主演の佐藤浩市と渡辺謙、株式会社KADOKAWA 映像事業局 映画企画部部長 水上繁雄プロデューサー、椿宜和プロデューサーが出席した。

本作は、2011年3月11日に発生した東日本大震災時の福島第一原発事故を描く物語。地元・福島出身で現場を指揮する熱血漢、伊崎利夫役に佐藤浩市。福島第一原発所長の吉田昌郎役を渡辺謙が演じ、『沈まぬ太陽』の若松節朗監督がメガホンをとる。

まずは水上プロデューサーから「まもなく平成が終わりますが、世界的にも類を見ないあの大事故を新しい時代にも伝えていこうという思いで企画がスタートしました。当時原発内で戦っていた作業員の方々は、海外からFukushima 50と呼ばれており、ほとんどが地元福島の方でした。我々と同じ一般人で、悩み、怒り、泣き、いろんな思いで作業されていました。頭の中には常に避難したご家族の事があったそうです。こうした方々のドラマを物語の中心に据えながら、報道だけではわからない事故の真実を描こうと決めました。大自然の脅威、人間の慢心という部分も重要なテーマです。」

「本作は門田隆将さんの「死の淵を見た男」を原作としており、非常にリアルな内容を映像化しています。東日本大震災からは8年が経ちましたが、震災ならびに事故の風化が懸念されています。被災地の復興や福島第一原発の廃炉作業等も取り組むべき課題が多々あります。今一度、震災そして原発事故と向き合っていこうと、この映画の製作に取り組んでおります。KADOKAWA には『金融腐蝕列島 呪縛』、『沈まぬ太陽』という社会問題をテーマにした作品を製作してきた歴史がありますので、今回の作品も後世に残る物として製作していきたいと思っています」
と本作の製作に至った経緯が語られ、会見がスタートした。

《映画『Fukushima 50(フクシマフィフティ)』クランクアップ記者会見 概要》

日時:4月17日(水)
場所:リーガロイヤルホテル東京
登壇者:佐藤浩市、渡辺謙、株式会社KADOKAWA 水上繁雄プロデューサー、椿宣和プロデューサー


──出演オファーを受けた時の気持ちについて

佐藤:人間は忘れなければ生きて行けないことと、絶対に忘れてはいけないこと、その2つが生きていく上で大変大切な事だと思っています。当然この映画は後者で、絶対に忘れてはいけないこと。それを我々がメッセンジャーとして、事実として映画にどう刻むか。劇場を出た時、この映画を観てくれた人々がどういう想いを抱くか、それを大事にして映画を進めていきました。

渡辺:この題材をやるんだというお話を伺った時に非常にハードルの高い作品になることは間違いないなと思いました。ただ、これをやると決めたのは、『沈まぬ太陽』という映画を作って頂いた角川歴彦さんからで、その全てのハードルを越える気持ちで企画されたんだということをその時理解しましたし、受けて立つと言うとおかしいですが、参加させて頂こうと思いました。それともう一つ、『許されざる者』という映画を撮った時に、佐藤浩市君と一緒にやらして頂いたんですけども、「浩ちゃん、100本目の記念作品どんな役でも出るからね」と言っていましたが、最近多作なもんですから、いきなり100本直ぐ越えちゃいまして。その100本目にはお付き合い出来なかったんですけども、その時に約束した答えをこの映画で出したい。その答えを出すに相応しい映画になるなと思いましたので、その時点で一緒にハードルを越えたい、そう思いました

──1・2号機当直長の伊崎(佐藤浩市)、所長の吉田(渡辺謙)を演じられましたが、役作りをどのように行ったか

佐藤:私どもの生活の中では、自然界に放射能はあるんですけども、あまり縁のないところにいる自分と、原発の中で放射能というものを理解しながらそこにいる方々。結局にわか勉強でしかないんですけれど、そういった現場を見に行かせて頂いたりとか、浅い知識ながら文章を読んで詰め込んでということしか出来なかったですね。後は演じながら、閉塞的な中操(中央制御室)というところでの人間関係が、上手い具合に順撮りでシーンごとに撮影出来たので、その中で取り組んでいくしかなかったです

渡辺:非常にプレッシャーのかかる役でした。吉田さんはテレビ会議ですとか、その後色んなところでメディアに扱われていることが多く、尚且つこの映画の中で僕以外の方は皆さん名前がちょっとずつ変えてあったり、一応フィクションの作り方をしているんですが、吉田所長だけはご遺族にも確認をとって本名で出す、ということで頂いた役でした。実際に皆さんの目に留まっている映像も含めて、情報の多い方でしたので、そういう意味ではプレッシャーがかかりました。実際の撮影では本当にほぼ緊対(緊急対策室)の中でテレビ会議やら電話を外とやり取りをし続けていましたので、今ここで何が行われているのか、今何が起こっているのか意識するのが難しかったです。ただ、非常に助けになったのが、当時緊対で吉田さんの近くでお仕事をされていた方々が何人かスタジオにお見えになられたことがありました。その時に、この局面では実際にはどうだったのか、この局面では吉田さんはどのように対応したのか、テレビ会議や電話で映し出されていない吉田さんは実はどうだったのかということをかなり根掘り葉掘り伺いました。その時の状況を聞かせて頂き、それでかなり色んなことを監督と相談しながら、実際はテレビ会議を切った後に何回バカヤローと言ったか正の字をつけて数えていたとか。参考にしながら役を作らせて頂きました。

──本作のために作られた、「津波で破壊された原発屋内」セットについて

椿:これは、津波で破壊された原発屋外を再現したセットで長野県の諏訪市内に作ったものです。建屋の水素爆発のシーンもここで撮影しました。まるで戦場のようなセットで大変おおがかりなものになりました。我々が初めて見た時、本当に被害を受けた原発のように感じるほどの迫力でした

──「津波で破壊された原発屋内」セットでの撮影に参加したことについて

佐藤:丁度中操を出て緊対に向かうというシーンで、このオープンセットが僕の初日だったんです。当然美術部の頑張りも含めて、改めて自分達がどこへ向かっていくのかということを再確認させて頂いたシーンでした

──「中央制御室」のセットについて

椿:こちらは正式には中央制御室と言いまして、サービス建屋の2階にある、1・2号機を制御するところです。いろんな資料を参考にして、細部まで正確に再現しています。これまでテレビなどでも映像化されていますが、ここまで大がかりに正確に作ったものはおそらくないかと思います

佐藤:他の発電所に視察に行かせて頂いて、そこの中操を見れたので、それがセット内に大きさも含めてほぼ忠実に再現されていました。実際のあの日直ぐに電源が落ちて、ずっと暗い中での作業になるんですけど、それもその通り再現してずっとほのかな明かりの中で撮影をやっていました。セットをリアルに再現して頂いてありがたかったです

──「緊急対策室」のセットについて

椿:イチエフ内の免震棟にある緊急対策室になります。実際に吉田所長はここで指揮を執っていました。報道でもよく出てくる場所なので、みなさん記憶にあるのではないでしょうか?こちらもとにかく大きなセットで本物そっくりでした。ここに常時100人以上がいて、本部とやり取りしながら、中操とはまた違う緊迫感がある撮影でした

渡辺非常に不謹慎な言い方になってしまうかもしれませんが、ここには非常用電源がありますので、ずっと電気はつけっぱなしです。そしてドラマ的には何も起こらないんです。だけど、外ではものすごいことが起こっているんです。1日で撮影は終わらないので、お疲れ様でしたって言ってまたここに来ると昨日となんら変わらない物や人がいて、時間の経緯とか外がどうなっているのか分かり辛い。それが分からないことの焦燥感を感じればいいのかなって思っていました。セットの右上にテレビ画面のモニターがあるんですけども、ニュース映像やなんかの映像をここで流しているんですね。実際の津波後の映像ですとか、水素爆発した時の映像ですとかそういうものが流れますので、そういうのを見ながら8年前の第一原発の状況に自分を仮想でもいいから身を置きたい。そういう気持ちでモニターを注視して、撮影していたっていうのが僕の思い出ですね

──「福島県内の避難所」セットについて

椿セットというよりほぼ避難所そのものでした。現実と同じく体育館に作ったセットですが、多くのエキストラの方々に来ていただいて撮影が始まると、避難所そのものでした。この写真だけでも実際に避難されていた方々の大変さが伝わるかと思います

──これからポストプロダクションが始まりますが、どんな映画になりそうか?

水上:とにかく日本映画のターニングポイントになる映画になると思います。この事故を次の世代に伝えていくということは我々映画製作者の使命であると感じておりますし、ここまで描けるのは映画でしかできないと思います。世界に向けても発信していきたいと思います。海外公開も視野に入れていますので、ぜひご期待下さい

──福島の方々に対して

佐藤:最近ニュースでも福島のことがまた取り上げられていますが、まだ何も終わっていないどころか、まだ何も始まってもいないかもしれない、それを来年のオリンピックイヤーにもう一度振り返りつつ前を向くために何をすべきか、何を考えるべきか、というのを皆さんで考えて頂きたいなと、自分も含めてですね。そういう思いです。

渡辺:震災以降、岩手、宮城、福島、様々な避難所を回らせていただいて、それぞれ抱えている悩みや現実が違うというのは理解できているつもりではいるんですけども、さすがに僕たちのエンターテインメントという仕事の中で中々力を貸すことができませんでした。でも僕たちが一番力を発揮できるこの“映画”という中で、現実を知っていただく、こういうことが起こったんだ、ときちんともう一回皆様に触れて頂く事が出来る、そういう作品に関わることが出来た、この作品を届けることが出来ました。時間はかかってしまいましたが、そういう思いを伝えたいです

──本作の撮影を通して、役者として新たに得られた事はありましたか?

佐藤:非常に強い思いを持って作り手の意図を伝えることが大切な映画もあれば、出来るだけ事象に沿って現実に沿って自分達がそこにいるそのものを伝える映画もある。演者の欲というよりはまっさらな気持ちの中でそれを体験するということを改めて感じさせて頂きました

渡辺:新しいというよりも、僕は原点に戻ったような気がしました。若い頃はある種の欲みたいなもので必死に足掻いていたこともあったんですが。【本当にお前この仕事で社会にどう関わっていくんだ】っていうことをここ数年は考えながら仕事をしていたんですけども、本当にそのことにきちんと向き合わなければ、ということを思わされたので、そういう意味では原点に戻って、きちんとそこにあることを自分の身体を通してどうやって伝えていこうかという非常にシンプルな体験をしたと思っています


会見の最後に渡辺は、「『沈まぬ太陽』の時も非常に社会的な大きなテーマを扱った作品を公開する時に、周りの方の協力がないと中々世の中の方に伝えるのが難しいという想いをしておりました。そういう時に多くのメディアの方々が映画に賛同していただいたことに大きな感謝をしております。この作品もそういう作品になると思います。是非皆さんの力を借りてたくさんの方々にこの作品とこの事象を知っていただきたいと思っています。」と力強くコメントし、佐藤も「こんなに笑いの少ない映画の会見は初めてです。僕らもそうですし、皆さん妙な緊張感持ってこの場にいられるんだと思うんです。この会見で感じたことを多くの方々に伝えていっていただきたいです。」と集まった約200人の報道陣に向けてコメントした。
2019年4月18日
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『Fukushima 50』
2020年 全国ロードショー